樹木医


 余野公園のヤマツツジ再生への取り組み

 伊賀市柘植町にある余野公園は約8haの面積に1万5千本、推定樹齢120〜130年生のツツジが生育しています。
明治半ばごろから自生のツツジを残したり、植栽するようになり、昭和42年には鈴鹿国定公園特別地域指定を受け、現在に至っています。近年のツツジの花の開花状況が芳しくないので、保勝会と協力会の皆さんの依頼により、三重県の樹木医有志が再生への提案をしていますので、ご紹介します。

開花状況について

余野公園のツツジは、ほとんどがヤマツツジで、他にモチツツジと、ヤマツツジとモチツツジの交雑種であるミヤコツツジがあります。ここ数年の花数が少なくなってきているそうです。その原因は何か、三重県の樹木医有志で2009年に調査を行いました。全体的に樹勢が弱っており、葉の大きさが小さく、新梢の伸長が見られず、枯れ枝とそれに付着したウメノキゴケが目立ちました。

木によっては写真のように花数が異常に多いものがありました。これは一見元気なように見えますが、木の体力を消耗し、ますます衰弱を招くたいへん危険な状態です。
勢や花の状況が分かったので、問題を解決するにはこの状況を招いた原因を探らなくてはなりません。保勝会の方から伺った余野公園の経歴から次のようなことが明らかになりました。
かつては、ツツジの上層に樹高の高いアカマツ(ウツクシマツの系統との説もある)が植えられ、写真のような半日陰の環境にありました。しかし、50〜60本あったマツがマツ枯れの被害によって、10本程度まで減りました。50年前の伊勢湾台風の被害からマツ枯れの被害が広がり、マツが減り始めているそうです。それにより、直射日光にさらされたツツジが強光ストレスを受け、徐々に弱ってきたと考えられます。強光ストレスは樹体内での活性酸素の発生を促し、光合成に影響を及ぼすことがわかっています。昭和60年代まではツツジが全山に咲いていたそうですが、その後花数が減ったようです。平成3年からはサクラやカエデなどの苗木を植え育てているそうですが、ツツジの上層を被うほどにはまだ生長していません。
その他の調査

余野公園の土壌は一部古琵琶湖の植物遺体が蓄積して出来たクロボク土壌で、全面にノシバが張られています。マツの広場外縁、前モッコ山、後モッコ山山頂と、コブシの広場の4箇所で採取した土壌pHを調査すると、5〜5.5の範囲でした。これはヤマツツジが自生する山の尾根付近に見られる痩せた森林土壌に相当する数値でした。通常はツツジにはエリコイド菌根が共生し、やせた土壌での生育を助けますが、菌根が発達しているかどうかは、確認できませんでした。ノシバは協力会の皆さんが定期的に草刈りしていますが、ツツジの根との水分の奪い合いと、根環境の酸欠が危惧されました。

三重県の樹木医有志からの提案
保勝会、協力会の方からの要請を受けて、三重県の樹木医有志は、ヤマツツジの樹勢回復に向けて解決策の提案を行いました。
まずは、ヤマツツジの試験木を選定して、試験を行い、処理区の経過を見守り、適切な樹勢回復方法を見つけることを試みることになりました。

試験木は前モッコ山北側斜面で選定しました。各処理区につき3本を選び、剪定2処理と、施肥2処理、それぞれの組み合わせ4処理の8処理区を設け、対照区と合わせて27本の試験木を作りました。
剪定は、刈りこみと抜き伐り、施肥は遅効型と速効型を設定しました。
写真は刈りこみの処理区の一年後の様子ですが、新芽の発芽が良好で、木に樹勢回復の力が残されていることが確認されました。

今後の方針
ヤマツツジは、本来写真のような半日陰で生育しますので、試験の結果から樹勢回復を試みても、もとの上層木を取り戻さなければなりません。従って、余野公園の里山管理として、何らかの上層木を育て、里山の環境を取り戻すことを提案しています。保勝会、協力会の皆様の息の長い取り組みを三重県の樹木医有志は応援したいと思います。

※なお、このヤマツツジの樹勢回復への試みは三重県樹木医会の推奨するものではありませんのでご了承ください。

                  参考文献:「環境緑化の辞典」日本緑化工学会編(2005)
                                                                      文責:近藤 樹春  会員       

※ このコーナーの文責は各会員にあり、三重県樹木医会が推奨している物ではありません